コラム特集
「私がツアーにどっぷりハマっていた30年間はツアーにとっては激動の時代だった」 - F+コラム
Text by つのだゆき
今日からフィジーがスタートする。今シーズンは本当にブラジル勢盤石な体制で、ビーチブレイクだろうがフィジーのようなリーフブレイクだろうがパイプだろうが、誰かが何とかしてくれる、みたいな感じがあって、ランキング的にはブラジリアンサーファーのオールラウンド化は大成功を収めていると思う。
ここのところ選手の育成とか昔話とかで、今まで私が見てきたことを振り返る機会があって、あの頃は……とか考えて思い起こしてみると、いろんなことがあったし、いろんな人がいたし、それに合わせる写真を探していると、あぁ、いたなぁ、この人、とか、これはあの時だなとか、時間はどんどん過ぎて行ってしまう。
そうしてみると自分は90年代、2000年代のワールドツアーのことならなんでも聞いてください、って感じなんだなぁ、と思った。実際にほとんどの出来事の時に現場にいて、この目で見たり聞いたりしていて、ワールドツアーの進化を実体験しているので、正確な本当の歴史なら任せておいてほしいかも。不都合な真実も含めて(笑)。

ちょうど90年代、00年代はケリー・スレーター対オールドスクール、アンディ・アイアンズ、ミック・ファニング、ジョエル・パーキンソン、ジョン・フローレンスというあたりの何十年にひとりのスーパースターたち(ケリーは100年に一度か)の活躍した時で、本当に運が良かったといつも思う。同じ時代にツアーに深くかかわっていたメディア仲間も運よく同じ時代を共有したわけで、同志は仲良しだけど、最近はライターにしてもカメラマンにしても、昔のようにサーフィンでは食っていけないので、ほかの仕事をしていて、なかなか会う機会もない。以前なら年に一度はノースショアに大集合だったんだけど、近年はそれもない。時代は変わった。
先日ハンクという同時代のカメラマンの訃報が届いた。あの頃のカメラマンですでに故人になっている人はけっこういるんだけど、またひとりなくなった。まぁ、私も含めてみんなそういう年齢でもあるんだけど、訃報はいつでも誰でもさみしいものだ。
しかし、今になって考えると私がツアーにどっぷりハマっていた30年間というのは、ツアーにとっては激動の時代だったといえる。

旧来の誰でも出場できるツアーから、ランキングで選ばれたサーファーだけのエリートツアーへの変遷、そこから会場の波質にこだわったドリームツアーへの改革、リスキーなフリーサーフィンと安全第一の試合用のサーフィンの差を詰めるためのルール変更、これに関しては効果絶大で、現状では試合のほうがフリーサーフィンよりずっとリスキーでスリリングだ。そして長年慣れ親しんだASPからの脱却、商業主義、あるいは徹底管理主義のWSLへの移行と、そのすべては選手たちとASPの話し合いの元で行われてきたわけだけど、そこで行われた議論や討論もみんな把握している。今はすべてWSLオフィスが決めてしまうので、選手たちの意向が考慮される割合は激減していると思う。
当時のことを思い起こすと、ブラジルの立ち位置というかランクというか実力は天と地ほどの差がある。すごいなぁ。ただ経済的には不安定な国なので、ビジネスとしての関与は低いままだけど。それでもブラジリアンドリーム予備軍はたくさんいて、イタロやフィリッペレベルのサーファーはいくらでもいるけど、インターナショナルブランドの援助がないから世界に出てこれないという話だ。まぁ、確かにそういうことはありそうで、次々に世界レベルの役者が出てくる感はある。うらやましい限りだ。
その辺は日本とは状況が違うけど、ブラジルにできたんだから日本にもできる、と思いたいかなぁ。そんな願いを込めて今週末の29日、30日の志田下、第7回波乗り甲子園。

日本の高校生以下のサーフィンを見てみようと思う。昨年からどのぐらい進化しているのか、あまり変わらないのか、日本の近未来の全体像が見えそうだ。
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